5/18の記事を書き終えた夜、私はもう、ある決断を下していた。
あの記事を覚えてくれている人は、覚えていてくれているかもしれない。「隣の部屋から、人が消えた日」というタイトルで書いた、独居老人の孤独死の話。ドアの覗き穴から見たあの後ろ姿が、1か月後に発見された話だ。
あの記事の最後で、私はこう書いた。「次に向き合うテーマは、まだ言葉になっていない」と。
言葉になっていなかっただけで、動き始めてはいた。あの夜、机に向かって、AIに違和感を投げ続けていた。それから10日。ようやく「これだ」と言える形が、見えてきた。
今日、その輪郭を、ここで初めて公開する。
プロダクト名は「孫のTEC」。
離れて暮らす親と、AIで再び繋がるための仕組み。
6月、最初の数名に使ってもらう準備をしている。
ここから先は、なぜこれを作っているのか、その全部を書いていく。
「電話してきて」が、なぜ親に届かないのか
50代の私たちは、70代の親に電話したいと思っている。本当は、毎週でも電話したい。
でも、できない。仕事が立て込む。気が回らない。月末になる。「電話したい」と思っているうちに、1週間、1か月が過ぎる。
逆もそうだ。親も、子に電話したいと思っている。でも「忙しいだろう」「迷惑かけたくない」と思って、しない。
両方が、両方に遠慮している。その遠慮が、空白を作る。その空白に、孤独が住み着く。
「親に電話してきて」と頼むのは、解決にならない。親はもう、子に遠慮する技術を身につけてしまっている。50年、60年かけて。
電話というツール自体が、もう手として届かなくなっているのかもしれない。ある夜、机の前で、私はそう思った。
私が考えた、たった1つのルール
設計を始めた時、ルールを1つだけ決めた。
親には、AIを渡す。子には、対話の事実だけを通知する。内容は通知しない。
これだけだ。
親はAIと、好きなだけ話せる。身体の不調も、孤独感も、子に言えないことも、AIには言える。AIは聞き続ける。判断しない、評価しない、報告しない。
子のスマホには、週1回、メールが届く。そこに書かれているのは、たった3行だ。
「今週、お母様は6回、孫のTECと話しました」
「会話時間は合計、約2時間でした」
「先週と比べて、大きな変化はありません」
それだけ。会話の中身は、子には届かない。
これが「見守り」と「監視」の境界線だ。私は、ここを分けたかった。
家族なんだから、内容も共有していいじゃないか、という意見もあるだろう。でも、内容を共有した瞬間、親は話さなくなる。70代の親は、子に弱音を吐ける場所を欲しがっている。同時に、子に弱音を悟られたくない、とも思っている。
矛盾している。でも、それが、私が見てきた親世代の姿だ。
その矛盾を、両方とも受け止める設計にしたかった。だから、内容は親とAIだけの間に留める。子には、「気にかけられている事実」だけが届く。
AIを「孫」にした理由
最初は、AIを「秘書」のキャラクターにしようとしていた。でも、すぐに気づいた。70代の親が、秘書に身体の不調を打ち明けるだろうか。打ち明けない。
「友達」も考えた。これも違う。70代にとって、突然現れた「友達」は、警戒の対象だ。
行き着いたのが、「孫」だった。
孫には、構造的に勝てない。子に強がる親も、孫の前では弱音を吐く。子に隠す不調も、孫には漏らす。これは心理学の話というより、自分の母を見ていて分かったことだ。
AIを「孫」キャラクターにする。名前を付け、年齢を設定し、口調を作る。
「おばあちゃん、今日もよく眠れた?」
「おじいちゃん、最近、足の具合どう?」
そういう問いから、対話が始まる。そこに乗ってくる情報は、子には届かないものばかりだ。
「最近、夜中に何度も目が覚めるのよ」
「腰がね、ちょっと痛くてね」
「子どもには言ってないんだけどね」
子には言わないことを、孫には言う。その構造を、AIで再現した。
「孫の手」と「TEC」を、繋いだ理由
プロダクト名は、最初から決めていた。
「孫のTEC」。
由来は、2つある。
1つは、「孫の手」。背中の届かないところを掻く、あの道具だ。本人の手では届かない場所を、別の手が代わりに掻く。
親の孤独に、本人や家族の手は届きにくい。本人は気づいていないことも多い。家族は遠くにいる。そこに、別の手を伸ばす。そういう道具を作りたかった。
もう1つは、「TEC」。テクノロジーの略だ。
独居老人の孤独は、人手不足の介護業界だけで解こうとしても、解けない。人にしかできないことと、AIに任せていいことを、分けて考える時代に来ている。
孫の手 × TEC。それが、「孫のTEC」だ。
このブログのタイトルに「電話以外の手を」と書いた理由が、ここにある。電話はもう、届かない場所がある。だから、別の手を渡したい。
ここに気づくまで、半年かかった
ここまで書くと、簡単に思いついた話に見えるかもしれない。でも、半年かかった。
最初の半年、私はAIに「親の見守りシステムを作って」と頼んでいた。AIが返してくるのは、よくある安否確認システムの提案だった。ボタンを押すと家族に通知が飛ぶ。動かないと自動でアラートが出る。
どれも、しっくりこなかった。何かが違う、と感じていた。でも、その「何か」が、言葉にならなかった。
5/18の記事を書いて、ようやく言葉になった。「見守り」と「監視」の差。家族が「内容を知る」ことと、「気にかけている事実だけを共有する」ことの差。
ここを分けてから、設計が一気に動き出した。
このプロセスで、私は1つ学んだ。AIに頼むときは、「作ってくれ」じゃなくて、「私の違和感を一緒に整理してくれ」と頼む方が、答えが返ってくる。これは、昨日公開したNOTE第1話と、まったく同じ話だ。

6月、最初の数名に使ってもらう
6月、最初の数名に「孫のTEC」を使ってもらう。カナリア、と呼んでいる。
価格、募集人数、申込方法は、6/1(月)20:05のブログで具体的に公開する。1点だけ、今日のうちに明かしておきたい。
カナリア期間中、月1回15分の対話に協力できる人だけを募集する。
「使ってみた感想を聞かせてくれる人」が欲しい。「安いから入ってみた」人は、たぶん私の役に立てない。
逆に、「これを育てる過程に参加したい」人が、5人でも10人でもいてくれたら、私はそこから先に進める。
その人たちと、6月、7月、8月で、形を整える。8月から、本格的な販売を始める。それまでに、何度も失敗するだろう。失敗を、AIと一緒に、笑いながら、潰していく。
私が、これを作る理由
ここまで読んで、「なぜあなたがこれを作っているのか」と思った人もいるかもしれない。
1月の記事で、私は書いた。2034年に、孤児院を設立する、と。それが、私の8年計画だ。

孤児院と独居老人。別々の問題に見えて、実は同じ問題だと、最近の私は思うようになった。
子どもには、親がいない。高齢者には、子どもがいる場所が遠い。両方とも、「家族の代わり」が必要な状態だ。
家族の代わりに、AIが入れる場所がある。それを、孫のTECで実証する。そして、いつか孤児院でも、似た仕組みを使う。
点と点を、線にしていく試みだ。今日のこの記事は、その線の、最初の1本目になる。
今日、これをここに書いた理由
最後に、1つだけ書いておきたい。
今日、まだ世に出ていないプロダクトを、ここで公開した。理由は1つだ。
書いて、自分を縛りたかった。書いて、6月の自分に、逃げ場をなくしておきたかった。
5/18の記事の最後に、私はこう書いた。「言葉になっていないテーマがある」と。10日経った今日、それを言葉にした。
次の更新は、6/1(月)20:05。カナリアの具体を、そこで公開する。
それまでに、応募したい人は、心の準備を。覗いてみたい人は、覗いてみる準備を。
逃げない🔥
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