「月額課金にすれば?」「予想配信サービスにしたら?」。周りから何度も言われた。当たるアプリができたら売ればいい。それが普通の発想だし、ビジネスとしては正しい。でも俺は、売らないことに決めた。このアプリを自分で使って、自分の金を自分で転がして、運用益で生きていく。正気じゃないと思われるだろう。でも、この選択には、56年間生きてきた男の、譲れない理由がある。
全員が同じことを言った
ダート王の開発を始めた頃、何人かに構想を話してみた。
「競馬予想AIを作ってるんだ」
返ってくる反応は、驚くほど一様だった。
「いいじゃん、当たるなら売れるよ」
「月額1,000円で100人集めたら月10万だよ」
「LINE予想配信にしたら? 固定ファンつくよ」
みんな善意で言ってくれている。ビジネスモデルとしても筋が通っている。実際、そのやり方で稼いでいる競馬予想サービスは星の数ほどある。
頭では、わかっている。そっちの方が賢い。
でも、腹の底で何かが引っかかっていた。うまく言葉にできない違和感。それがしばらく消えなかった。
布団の中で、気づいた
違和感の正体に気づいたのは、ある夜の布団の中だった。
競馬予想を売るということは、「この馬券を買え」と他人に言うことだ。
その馬券が外れたら、他人のお金が消える。
もちろん「投資は自己責任です」と免責事項を書ける。どの予想サービスもそうしている。法的には何も問題ない。
でも、その一文で本当に心が楽になるのか? 月額1,000円を信じて払ってくれた人が、その月の予想で3万円負けた。「自己責任です」と俺は言えるのか?
言えない。
少なくとも、今のダート王の精度では。全レース予想で回収率162%を出した週がある。でも買い推奨が61%で赤字になった週もある。安定していない。まだ足りない。
その段階で他人の金を預かる覚悟が、今の俺にはなかった。
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なら、自分の金でやればいい
発想を逆にした。
売らない。自分で使う。自分の金を、自分の判断で賭ける。勝っても負けても、全部自分の責任。
これなら、誰にも迷惑をかけない。
ダート王で転がし運用のシミュレーションを組んだ。元本の5%を投資に回し、1レースあたり3点に賭ける。的中すれば元本が増え、次の賭け金も増える。複利で転がす。
元本が育てば1口の金額が100円、200円、300円と上がっていく。回収率が安定して100%を超え続ければ、数字は雪だるま式に膨らむ。
逆に、元本が3,600円を下回ったらゲームオーバー。
毎日、自分の金が増えたり削られたりするのを見ている。心臓に悪い。でも、見知らぬ誰かの財布を軽くする怖さに比べたら、ずっと健全だと思っている。
17年ぶりに、同じ場所に戻ってきた
ふと気づいた。俺は今、18年前と同じことをしている。
自分で予想して、自分の金で馬券を買って、自分で結果を受け止める。1990年から2008年まで、ずっとそうしてきた。競馬場のインクの匂い。赤ペンで埋まった馬柱。最終直線で握りしめた馬券。あの18年間と、根っこは何も変わっていない。
違うのは、たった一つ。
あの頃の俺は、感情に負けた。「今日は負けてるから最終で取り返そう」。何度この一言で利益を吐き出しただろう。冷静に見れば買うべきじゃないレースに、焦りと悔しさで金を突っ込んだ。
今は、AIがブレーキをかけてくれる。
「このレースは買い推奨の条件を満たしていません」。AIは淡々とそう告げる。焦りもない。好き嫌いもない。データだけを見て、買うか見送るかを判断する。
18年間、俺が克服できなかった「人間の弱さ」を、AIが肩代わりしてくれている。
俺がやることは、AIの判断を信じること。そして、AIがまだ拾えていない部分——展開読み、騎手の癖、不利を受けた馬の次走——を言語化してフィードバックすること。
人間の経験 × AIの冷静さ。このペアで、自分の金を転がす。
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「賢いビジネスマン」になりたいわけじゃない
「それじゃ稼げないでしょ」と言われるのは、わかっている。
アプリを売れば、予想が外れてもサブスク料金は入ってくる。100人のユーザーがいれば月10万円は安定収入。自己運用だと、負ければ金が減る。安定収入はゼロ。生活の保証はどこにもない。
ビジネスとしてどちらが賢いか。火を見るより明らかだ。
でも、俺は「賢いビジネスマン」になりたくてフリーランスになったわけじゃない。
自分が信じている仮説を、自分の手で検証したかったんだ。「競馬は数学で解ける」。この仮説が正しいなら、自分で運用しても利益が出るはずだ。利益が出なければ、仮説が間違っているということだ。
他人の金を預かって免責事項で身を守るより、自分の金を張って白黒つける方が、ずっと誠実だと思っている。少なくとも俺にとっては。
孤児院の資金は、自分で生み出す
もう一つ、この選択には理由がある。
2034年。自立型の孤児院を作る。これが俺の最終目標だ。
孤児院を維持するには、安定した資金がいる。寄付に頼る運営は、いつか必ず立ち行かなくなる。自分で稼ぎ続けられる仕組みが必要だ。
アプリ販売の収入は、ユーザー次第だ。当たっている間は人が集まり、外れ始めると蜘蛛の子を散らすように離れていく。競馬予想の世界は特にその傾向が強い。他人の心変わりに、孤児院の未来を預けるわけにはいかない。
でも、自己運用の仕組みが確立できれば話は違う。回収率が安定して100%を超える状態を維持できれば、複利運用で資金は増え続ける。ユーザーの顔色を伺う必要はない。自分とAIだけで完結する。
孤児院の資金を、他人の善意や気まぐれに委ねたくない。自分の力で、自分の仕組みで生み出したい。
だから、自己運用を選んだ。
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まだ、証明の途中だ
正直に、今の数字を出す。
転がし運用は安定していない。良い週と悪い週の波が大きい。買い推奨のロジックは改善途中で、全レース予想の回収率を下回る矛盾もまだ抱えている。
「自己運用で生きていく」と胸を張れる状態には、まだ遠い。証明は、まだ途中だ。
でも、方向性だけは決めた。売らない。自分で使う。自分の金で検証する。
この覚悟だけは、もう揺らがない。
正気じゃなくても、これが俺の道だ
56歳。脱サラ8ヶ月。貯金は減り続けている。
「当たるアプリ作って売ればいいのに」。その方が楽だし、確実だし、パートナーも安心する。わかっている。全部わかっている。
でも、楽な道を選んで中途半端に稼ぐ56歳より、自分が信じた道を全力で走る56歳の方が、8年後に孤児院を建てられる気がしている。根拠はない。でも、根拠のない確信こそ、俺を走らせてきたものだ。
笑われても構わない。正気じゃないと思われても構わない。
自分の仮説を、自分の金で、自分の人生で証明する。
これが、俺が選んだ道だ。
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